
今回は博物館マニア・丹治俊樹さんの経歴や学歴、著書を紹介しています。
丹治俊樹(たんじとしき)さんは、全国の博物館を訪ね歩く博物館マニアで、ブログ「知の冒険」の主宰者です。
2026年11月6日放送のNHK Eテレ「おとな時間研究所」にゲスト出演することで、「この人は何者?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
先に結論をお伝えすると、丹治さんは浪人を経て早稲田大学教育学部理学科に進み、大学院を修了したあとエンジニアになった経歴の持ち主です。
この記事では、
- 経歴や学歴が知りたい
- エンジニアから博物館ライターになるまでの歩みが気になる
- 出版した本も知りたい
という方に向けて詳しくまとめてみました。
上記に当てはまった方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!
おとな時間研究所に出演!博物館マニアの丹治俊樹さんってどんな人?
まずは、話題のきっかけになった番組出演と、丹治さんがどんな活動をしている人なのかを見ていきます。
「暮らしのミュージアム」で案内役に
丹治さんが出演するのは、2026年11月6日(金)夜8時から放送のNHK Eテレ「おとな時間研究所」です。
この回のテーマは「暮らしのミュージアム」。
江戸から現代まで、家の中の暮らしがどう移り変わってきたのかを、各地のミュージアムを通して紹介する内容で、丹治さんは「博物館マニア」としてゲストに招かれるようですね。
番組では、江戸から明治の暮らしを伝える千葉県栄町の博物館を訪問し、丹治さんが薬研を使って七味とうがらしを作る場面もあるそうでした。
さらに、同潤会代官山アパートなど団地の移り変わりが分かる、東京都北区の団地のミュージアムも紹介されます。
ちなみに、丹治さんはこれまでにもテレビやラジオ、雑誌に出演してきたそうです。博物館を見て回るだけでなく、その魅力を発信し続けてきた人なんですね。
気になる学歴は?大学は早稲田大学教育学部のようです
続いて、検索でも気にされている学歴です。2021年2月に東洋経済オンラインに掲載されたインタビューで、丹治さん自身が子どもの頃から大学時代までを振り返っていました。
横浜で過ごした子ども時代と高校時代
丹治さんは神奈川県横浜市の生まれです。
意外なことに、子どもの頃は人と話すのが得意ではなく、集団にいるのも苦手だったそうです。幼稚園に行きたくなくて、「行ってきます」と家を出たあと玄関の横に隠れていたこともあったと明かしています。
高校時代は、学校から帰るとドラマの再放送を見るか、ゲームセンターに通う毎日でした。一方で、知らない場所に行くのは好きだったようです。
勉強の合間の息抜きに、自転車で気の向くまま行けるところまで走ってみることもあったといいます。いまの全国を巡るスタイルの原点は、このあたりにあるのかもしれませんね。
浪人を経て早稲田へ、そして大学院へ
高校卒業後は浪人を経験しました。「さすがに勉強しないとまずい」と焦って猛勉強し、早稲田大学教育学部理学科に進学しています。
早稲田大学教育学部理学科へ進学。
引用元:夢も目標もない若者を変えた「ある趣味」の正体 「レールから外れる人生」を恐れなくなった理由|東洋経済オンライン
大学ではスキーサークルやアルバイトをして、それなりに楽しい学生生活を送ったそうです。ただ、何かに夢中になることはなかったと正直に語っていました。
その後は大学院に進んでいますが、大学院名は公表されていないようです。
私も同世代のエンジニアなので、「レールの上をとりあえず進んでいた」という感覚にはとても共感しました。やりたいことがはっきりしない時期って、誰にでもありますよね。
エンジニアから博物館ライターへ!丹治俊樹さんのこれまでの歩み
大学院を出てエンジニアになった丹治さんが、どうして博物館ライターになったのでしょうか。転機と、その後の流れを時系列で追っていきます。
東日本大震災が考え方を変えるきっかけに
意識が大きく変わったのは2011年3月11日、大学院への入学を控えた大学4年生のときでした。スキーサークルの試合の応援で群馬のスキー場にいたときに、東日本大震災が起きたのです。
アルバイト先のコンビニでは、計画停電の暗闇の中で懐中電灯を頼りにレジを打つことも。ニュースの出来事が自分の生活に直結していると、初めて実感したそうです。
その後、震災の半年後には岩手県大船渡市、1年半後には福島県南相馬市へボランティアに行っています。知らないことは現地を訪れて話を聞く。その習慣が、このころから少しずつ身についていきました。
2015年にブログ「知の冒険」をスタート
大学院を修了したあとは、エンジニアとして働き始めます。ただ、本人は「希望を持って社会に出たわけではありませんでした」と振り返っており、没頭できる何かを探し続けていたそうです。
その答えになったのがブログでした。2015年に自分でドメインを取得し、ブログ「知の冒険」をスタート。
博物館や戦跡、宗教施設などを訪ね、出会った人たちの話を記録していきました。人と話すのが苦手だった丹治さんが、自分から話しかけるようになったというのも素敵ですよね。
「知識それ自体よりも、知ることの楽しさや面白さを伝えたいです。あとは、記事が実際に現地に行ってみるきっかけになればうれしいですね」
引用元:夢も目標もない若者を変えた「ある趣味」の正体 「レールから外れる人生」を恐れなくなった理由|東洋経済オンライン
フリーエンジニアと博物館ライターの二刀流
ブログを始めて5年後の2020年、博物館をテーマにした本の出版が決まります。
そのころにはすでにフリーランスのエンジニアとして働いていたため、仕事が一段落したタイミングで取材の旅に出ました。
中古車を買って3か月かけて回り、走行距離は12,300キロ、訪れた博物館は128か所にのぼったそうです。
現在も本業はフリーエンジニアで、そのかたわら博物館ライターとして2000以上のスポットを取材し、講演会も行っているとのことでした。
私もフリーランスのITエンジニアなので、仕事の合間を縫って取材を続けるのがどれだけ大変かは想像がつきます。好きなことを地道に積み重ねてきた結果が、いまの活動につながっているんですね。
出版した本は?博物館ガイドが3冊も
丹治さんは、これまでにみらいパブリッシングから博物館ガイドを3冊出版しています。どれも「ビジュアルガイドシリーズ」の1冊です。
初の著書『世にも奇妙な博物館』

画像出典:みらいパブリッシング
最初の本は、2021年8月に出版された『世にも奇妙な博物館 未知と出会う55スポット』です。3か月で128館を回った取材旅のあとに出た1冊で、全国の博物館55スポットが紹介されています。
第2弾『世にも至宝な博物館』

画像出典:みらいパブリッシング
2023年10月には、第2弾の『世にも至宝な博物館 後世に遺したい50のみらい遺産』を出版しました。
副題のとおり、後世に遺したい50のスポットを取り上げた1冊です。この本には、震災遺構となった仙台市立荒浜小学校についての章もありました。
震災をきっかけに現地を訪れるようになった丹治さんらしいテーマですよね。
最新刊『あの人が作った博物館』

画像出典:みらいパブリッシング
そして2026年8月には、最新刊『あの人が作った博物館 人生が垣間見える45スポット』が出たばかりです。
番組を見て興味がわいた方は、まずこの最新刊から手に取ってみるのもいいかもしれませんね。
丹治俊樹さんのプロフィール
ここまでの内容をふまえて、丹治さんのプロフィール情報を以下にまとめてみました。
- 名前:丹治 俊樹(たんじ としき)
- 生まれ年:1987年
- 出身地:神奈川県横浜市
- 学歴:早稲田大学教育学部理学科→大学院
- 職業:フリーエンジニア・博物館ライター
- ブログ:知の冒険(2015年開始)
- 著書:『世にも奇妙な博物館』ほか計3冊
年齢は39歳!(2026年11月時点)1987年9月生まれです
丹治さんのブログ「知の冒険」のプロフィールによると、生まれは1987年9月です。
そのため、2026年11月現在は39歳ですね。2021年2月の東洋経済オンラインの記事でも「33歳」と紹介されていて、計算もぴったり合いました。

Youtube動画「知の冒険の誕生ストーリー【Draw My Life】」の中では、9月20日生まれであることも紹介されていますね。
「二郎全店制覇」という意外な一面も
Business Insider Japanのプロフィールには、博物館の話に混ざって「二郎全店制覇」という一文があります。
二郎全店制覇。
引用元:丹治俊樹[博物館ライター]のプロフィール・記事一覧|Business Insider Japan
博物館だけでなく、気になる場所はとことん回り切るタイプなのでしょうか。好奇心のままに足を運ぶ行動力は、こんなところにも表れていますね!
まとめ:レールを外れて見つけた「没頭できること」が今の活動に
今回は、丹治俊樹さんについて、経歴や学歴といったプロフィール情報、著書などをご紹介してきました。
この記事で分かったことを以下にまとめていきます。
やりたいことが見つからずにいた丹治さんが、ブログを通じて「伝えたいこと」に出会い、本を出すまでになった道のりには励まされるものがありました。
迷ったらまずやってみる、その積み重ねが形になるんだと改めて感じます。おとな時間研究所での案内ぶりも、これからの活動も楽しみですよね!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

